21年度からは、本研究テーマ設定の際に有していた諸関心を、ローマ悲歌(エレギア)にしばしば言及される異教神ウェヌスとアモルがキリスト教モラルの普及する古代末(後四世紀末)から、具体的にどのような変容を被り、そのイメージがどのようにして中世、そして近世へと流れ込み更なる変容を遂げるに至ったのかという問題設定の下に集約して分析・記述することとした。この究明に当たっては、「恋愛」(アモルとウェヌスによって代表・表象される)と「贅沢」(主としてウェヌスによって代表・表象される)と「モラル」(ウェヌスとアモルを非難し排斥する)という三要素に絞って考察したが、就中「恋愛」と「モラル」の媒介項として「贅沢」に注目したのは、本課題が対象としている中世末から近世にかけての北ヨーロッパ商業都市においては、「贅沢」が初期プロテスタント的心性においてヴァニタス(虚飾)の教えと結びつき繰り返し自戒の対象とされてきたこと、この関連で、ラテン語では本来単なる「贅沢」を意味したルクスリアが、中世以降<七つの大罪>の一つとして定着するに当たっては「恋愛」と「贅沢」の結合した色欲・放蕩の意味に変容すること、この二つの現象に極めて重要な市民イデオロギーの成立過程を認めたからである。したがって、今年度からの課題への取組は、これら三要素の相互連関・相互浸潤の時間軸上での推移を、古代、中世、中世末、近世というエポックに分けて分析・記述することになる。今年度はその第一段階として「ウェヌスとアモルの変容-恋愛と贅沢とモラルをめぐる考察-」(1)古代社会における恋愛と贅沢とモラル、を執筆し、ローマ悲歌の異教神が古代末の護教作家プルデンティウス『プシコマキア』の擬人化アレゴリーにおいて惨めに落塊した姿へと貶められる、その意図を文化学的な立場から分析した。
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