研究概要 |
平成21年度は、まずカロスという概念を使わずに描かれた「良き死」のいろいろを、(1)死を状態として捉える場合、(2)死ぬこと自体が良き自称として捉えられる場合、(3)死に付与される特定の意味によりそれがよしと評価される場合、(4)修辞や葬礼にかかわるその他の場合に分けてまとめた。次に、ホメロスにおけるカロス概念の外貌性を、Vernant, Adkins, Cairnsらの説と対照しながら論じ、イリアス22.72や15.496や「倒れる木のシミリ」に現れている戦死評価をテユルタイオス以降のカロス・タナトス概念との比較においてまとめた。次に、古典期においてカロス・タナトス概念のテュルタイオス的伝統が続く一方で、その原型から乖離した6つのパタンにおいてカロス・タナトスが主張されたことをまとめるとともに、また同時期におけるカロス概念の多様化を(1)相対化、(2)内面化、(3)社会階層意識化という側面から捉え、カロス・タナトス概念に、「人生の恙ない終わり」やaltruisticな死、あるいは「潔い死」を表す新たな系譜が生まれたことをまとめた。作品研究としては、エウリピデスの悲劇『ヒケティデス』783において、戦死者たちの死体の光景が「カロン・テアマ」(美しい光景)と称されていることの様々な意味を明らかにし、決して美しいとはいえない戦死遺体が見る者たちの心を揺さぶるものとして劇の中で大きなインパクトを与え、かつ作者の戦争に関するメッセージを伝える道具となっていることを指摘する論文を、『西洋古典学論集』に発表した。
|