一年度に発表した『ジャン・パウルは死にどのような形をあたえたのか』を引継ぐ形で、第II報を発表した。今回は、レッシングの『古代の人びとは死にどのような形をあたえたのか』と、それに対するヘルダーの批判を中心に、死とアレゴリーの関係を考察した。二人の議論は、古代の人びとは死をどのように考えていたのかという問いをめぐるものだったが、その根底には、本来感覚できないはずの死がどのように可視化されたのかという問題がある。レッシングは、「眠り」の兄弟としての「死」いう古代のイメージを発見して、死に対するキリスト教的な畏怖の念から同時代の人びとを解放した。ヘルダーは、それに対し、古代の人びともまた死に強烈な恐れを抱いていたと主張する。本論では、「眠り」のイメージが恐れを隠蔽しているのだというヘルダーの説が、後年フロイトが「検閲」と呼ぶ心的なメカニズムと類似していることを指摘した。 次年度発表予定の『1800年前後のエクフラシスについて』では、K・Ph・モーリッツとH・v・クライストを中心に、レッシング以後、描写の理論と実践がどのようなに展開していったのかを考察した。レッシングは『ラオコーン』において、造形作品と詩をメディアの特性に注目して、それぞれに固有の表現形態を導いた。モーリッツは、芸術作品の自律性という視点から、レッシングのテーゼを敷衍する。造形芸術の美を再現するためには、言語そのものが自律的な美を生み出さなければならない、とモーリッツは主張する。その場合、言語はもはや対象をたんに映し出す透明無色の媒介物ではなく、それ自身がパフォーマーとして対象の前面に現われることになるだろう。フリードリヒの絵画に寄せたクライストの記事では、画面から生じるイルージョンに代わって、メディアとしての画材、それを見る目に焦点があてられる。ここでは、対象と言語の間の亀裂が明確に意識化されている。
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