ポール・ヴァレリー晩年における詩作品の根底にながれるエロチシズムの研究を課題としているが、今年度はきわめて大きな成果を生みだすことができた。その最大のものは、2010年6月にみすず書房からヴァレリーの最後の詩集『コロナ/コロニラ』を精神科医の中井久夫氏との共訳のかたちで出版できたことである。この訳書に、松田は詩集紹介をかねた論文を発表したほか、詳細な訳注も加えているが、こうしたことは、三年前から科学研究費を受けて、パリの国立図書館でこの詩集に関連する原史料、ならびにこの詩集が捧げられたジャン・ヴォワリエとヴァレリーの書簡を丹念に収集し、研究、分析した成果であると考えている。この訳詩集は、フランスで出版されていた詩集のいくつかの欠点を修正し、さらにエディション(版)を最初から作りなおしたという意味でも、大いに学問的価値の高い訳詩集となっている。なお、この訳詩集の出版にさきだつ5月7日、慶應大学(三田)で、清水徹氏、田上竜也氏と鼎談を行い、ヴァレリーにおけるエロチシズムの問題を討議したことも大きな成果と思われる。討議の結果は「三田文学」に掲載されたが、地中海的な知性という世に喧伝されているヴァレリー像を修正するのに貢献したものと自負している。2010年11月と2011年2月にパリの国立図書館を訪れたが、その成果は、筑摩書房から出版が開始された『ヴァレリー集成』の第5巻と第6巻(出版は2011年を予定)に生かされるはずである。
|