研究概要 |
本年度は,前年度から引き続き資料体の構築作業に努めた。フランスのグルノーブル市立図書館から入手した未定稿『ミーナ・ド・ヴァンゲル』及び『薔薇色と緑』の自筆草稿のPDFファイルにもとづき,その忠実な転写テクストを作成することが作業の中心となったが,PDF画像上では判読し難い箇所(インクのかすれ,変色,鉛筆による書込等)があったため,グルノーブル市立図書館が所蔵する自筆草稿との照合作業を現地にて行い,問題箇所の解読にあたった。次に取り組んだのは,既存の校訂版テクスト(フラマリオン版『薔薇色と緑』〔1998年〕及びプレイアッド叢書版『小説全集』〔2005年〕等)との異同を精査し,これらの校訂版では紙幅の都合上,割愛された作家の備忘や修正に関するデータを転写テクストに可能な限り忠実かつ網羅的に反映させる作業である。こうした文字情報の採録を遺漏なく終えた段階で,個々の修正や備忘等がなされた時期の特定を試みることになるが,この困難を極める課題に成功するならば,2作品の転写テクストとして過去に類例のない最良のものを提出することができよう。『ミーナ・ド・ヴァンゲル』から『薔薇色と緑』への生成過程の厳密な把握は,スタンダールのロマネスクな創造を捉えるうえで新たな視角をもたらすことが期待できるだけに,慎重を期して作業を継続しているところである。 なお上記の作業と並行しながら,テクスト解釈の予備的研究として,『ミーナ・ド・ヴァンゲル』の女主人公の原型となった,『赤と黒』,『ヴァニナ・ヴァニニ』のそれぞれのヒロイン像の成立過程について考察をおこない,その成果をフランスで刊行されている国際スタンダール研究誌「H.B.」誌上で公表した。
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