研究概要 |
本年度はプロジェクトの最終年度にあたるが,まず期間の前半はこれまでに収集し,構築してきた資料体を完成へと導く作業が中心となった。すなわち未定稿『ミーナ・ド・ヴァンゲル』の生成批評版の作成である。具体的には,スタンダールの自筆草稿を解読して転写したテクストを,それらの画像と見開きの形で組み合わせ,草稿の状態を明瞭に把握できるようにする作業である。さらに先行研究の成果を反映させるために註を適宜付すとともに,必要に応じて新たに注釈をくわえた。『薔薇色と緑』のそれも含めて,これらの生成批評版は基礎的な学術資料として,実証的・文学史的な研究領域だけにとどまらず,テクストの解釈においても研究の発展に資することは言うまでもない。 期間の後半は,これらの基礎的データにもとづいて,それぞれの作品について執筆過程の検証を行った。各草稿がどのような順番で書き進められ,加筆や削除,修正が施されていったのかという,先行研究において未解明であった制作プロセスの具体相を,草稿に残された日付等を頼りに確定する作業である。さらに両作品の創作上の核をなすと考えられる女主人公像についても考察し,従来の評価とは異なる解釈の提出を試みた。特に『ミーナ・ド・ヴァンゲル』のヒロインはアマゾネス型の女性として,ヴァニナ・ヴァニニなど,同時期の他の小説のヒロインとの類似性が強調されてきたが,詳細に検証した結果,ジャン=ジャック・ルソーの系譜に連なる〈感じやすい魂〉をもつ人物として設定されていることが指摘できた。かかる側面に,同作の長編小説化の試みとその挫折とを解明する鍵があると考えられる。上記の成果についてはその一部を所属部局の発行する紀要上で公表している。
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