ローマ最大の哲学者キケローは学問と実践との統合を緊張をもって生涯追い続けた。しかもその学問は哲学を中心としつつ、法学や自然科学さらに文芸への問いへと広がっている。本研究では特に彼の法学(法理)と彼の裁判弁説という視界でテオリアとプラクシスとの統合を捉えようとした。テオリアが常にプラクシスと結びつくべきという精神は、哲学発生のギリシアでは熟成せず、言ってみれば御題目にとどまった。ローマ人はギリシア人と違い、極めて現実的であり、国家や社会を哲学に強く関わらせてギリシア人の不足を補おうとした。キケローは欧米における法哲学の真の定礎者と目される。彼の作品『法律について』は、人類史上はじめて自然法を説いたものである。ローマ民族の伝統を尊拝し、ローマの整備された法の有機的体系を誇りにしたキケロー。しかし彼はローマ人の枠をこえて世界市民的展望に立って、人間の正義公正を打ち上げた。本年度は、彼の裁判弁説を10件程吟味し、裁判での人間愛を改めて示し出した。「最高の法とは最大の不正」とは、法の原則主義を否定した彼の立脚点であった。
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