キケロー(前106-43)は、ローマ哲学史上最大の哲学者である。と同時に、ギリシア哲学、ヘレニズム期の哲学諸学派の本格的研究とローマへの導入者としての業績は驚嘆すべき高さを示している。しかも彼はギリシア人の哲学的世界観を単に後生大事に敬仰してローマへ伝えようとしたのではなく、ローマ人の伝統、ローマ人の精神に接合し、融合して現実に力あるものに変様させたのである。 キケローはローマ哲学の真の創設者であると目されるが、それは彼がローマ精神の具現者、ローマ人の特質の哲学的表現をなし得た人ということを意味する。キケローはローマ政治における最も力強い弁論家・言論政治家であった。彼の哲学作品は実に幅広く、国家、法律、弁論、自然考察、神論、歴史論、倫理に及ぶが、他に詩作も一流のものを残し得た。しかも議会演説では他の追随を寄せつけない哲学的高遠さと状況との闘争性を彼は常に打ち上げることができた。今日まで彼の政治論争の雄弁的力と説得的滋味を身につけた政治家はいないと言っても過言ではない。弁説の神業の達成者であるキケローはさらに手紙文のヨーロッパ文学史上第一位の名手でもあった。900通残っているキケローの手紙はイタリア・ルネサンス14・15世紀)と近世フランス(17・18世紀)において、手紙文の絶対的な基準になった程である。 ローマの社交的社会の哲学的表現者キケローはローマ文化全体の総合的で深遠この上ない形成者であった。書くこと述べること、自己の教養的深化に向かうこと、国家政治で毅然と言論競闘に身を挺すること、キケローこそテオリアとプラクシスの統合者である。
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