『マハーバーラタ』第13巻は、バラタ族の戦争のさなか、長老ピーシュマが多くの説話、教訓を説き聞かせるという設定の枠物語となっており、それら説話、'教訓を含む多くの章から成っている。今年度は、そのうち第1章の挿話を「蛇に噛まれて死んだ子どもをめぐる対話」と名付け、これについて1度の研究発表と2本の論文執筆を行ない、さらに、来年度公刊の予定で和訳の作業を進めている。研究発表「『マハーバーラタ』第13巻の説話の考察」(日本印度学仏教学会・第61回学術大会、2010年9月10日、於立正大学)をもとに、論文「『マハーバーラタ』第13巻第1章の考察-運命と行為-」(『印度学仏教学研究』第59巻第2号、近刊)を執筆した。この論文では、第1章の枠物語と挿話とでは、思想の傾向にずれが見られることについて考察した。ビーシュマがユディシティラに教えを説く設定の枠物語では、戦死した者たちが運命によって死んだと説くのを主調とするのに対し、ビーシュマの語る挿話(「蛇に噛まれて死んだ子どもをめぐる対話」)では、蛇に噛まれて死んだ子どもも自らの行為によって死んだとの結論に至る。しかし、このような枠物語・挿話の組み合わせを実現するため、幾つかのすりあわせが行なわれ、第1章全体としては運命論と行為論がゆるやかに共存している。もう1本の論文「『マハーバーラタ』第13巻「蛇に噛まれて死んだ子どもをめぐる対話」の考察」(『印度哲学仏教学』第25号、2010年10月)では、同じ第13巻第1章のうち、挿話の説話の話型を考察した。インドの説話に、子どもが蛇に噛まれて死に、あるいは死に瀕し、それをきっかけとして死についての発言、議論がなされるという話型があると考えられる。第13巻第1章の挿話はそのような説話・伝承のヴァリエーションの1つを取ったものである。
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