本研究は、江戸期の中国古典文学研究に対して、極言すれば無視に近い状況にあるという認識と、江戸期の中国古典文学研究は詩話に集約的に示されているという観点から構想された。その計画に従い、本研究の初年度にあたる平成20年度は以下のことを行った。1・江戸期詩話のうち、『詩話叢書』所収の作品数種を選び、信頼しうるテキストを、国立国会図書館等において調査選定し、テキスト・クリティックを行った。2・江戸期の知識人の日中に渡る広い教養を示す具体的人物として、江戸末期から明治に生きた南摩綱紀に注目し、彼の漢文著作である『追遠日録』の訳注を行った。3・従来より行っている津阪東陽『夜航詩話』の訳注を継続し、発表した。これらの作業と成果報告により、1・日本の江戸時代における中国古典文学研究の水準を解明するための基礎資料が収集できた。江戸期の詩話が手近な資料として、『詩話叢書』しかないという状況のなかで、その多くある誤りを訂正することは、極めて大きな意味をもつ。そのことにより、2・中国文学はもちろん、日本漢文の分野においても、有益かつ具体的な資料を提供した。3・『夜航詩話』と『追遠日録』の訳注は、江戸期の中国古典文学研究の実態の明確化した。4・特に『夜航詩話』によって、日本における中国文化受容史に具体的な観点を提供した。総体として、江戸期の中国古典文学研究の特色と水準、そして江戸期に知識人の教養と、いわゆる漢文による表現能力を具体的に例示し得たと考える。訳注という作業により、中国文学を専門としない分野の研究者などより広い研究者に、江戸時代の中国古典文学研究の水準、さらには日本文学における漢文の表現能力について例示し得たと考える。
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