津阪東陽『夜航詩話』を中心に、江戸時代の詩話について調査研究を行った。具体的には『夜航詩話』の訳注を行った。この注釈においては、出典は初出主義をとらず、東陽が実際に見たと思われる書籍に基づくことを原則とした。また国会図書館所蔵の津阪東陽の文集(稿本)を発見し、翻字のうえ、注釈を付すという作業を開始した。香港大学で開催された東方詩話学会に参加し「浅談津阪東陽著『夜航詩話』」の題で、『夜航詩話』の性格及び、江戸時代のいわゆる漢文で書かれた詩話類における当該書の位置付けについて発表を行った。次に、日本詩話叢書所収の江戸時期の詩話について、木版本など別テキストとの校勘作業を行った。この作業の過程で、『夜航詩話』を含め、この時期の詩話が、中国古典詩を読む・鑑賞するためではなく、古典詩を作るために中国人・日本人の古典詩を引用・解説していることが多いことを発見した。これは、江戸時期において中国文学が文学全体の中で占めていた役割の大きさを示す事実であるが、さらにこの時期において中国古典詩文を「読む」という行為がもっていた意味について、再認識を要求する重要な問題と考えるに至った。この時期の、より良く「書く」ために、より良い作品を「読む」という姿勢は、日本における中国古典文学受容のあり方として、従来あまり指摘されてこなかった姿勢と考えられる。この「書くために読む」という問題についての初歩的な考えを、上記の学会において『夜航詩話』を手がかりとして発表した。「書くために読む」という視座を設定し、江戸時期の詩話類を分析することにより、中国とは異なる日本の詩話の特色と役割を明らかにすることができた。更に詩話における中国古典詩文に対する評価・論評についても、この視座から詩話における引用作品の意味を考える必要があると指摘することができた。今後は、より多くの詩話類を素材に、引用される具体的な中国文学作品及びその解説を分析することによって、江戸時代の中国文学受容の実態及びこの時期特有の文学観の存在について調査を進める。この調査により、中国とは異なる日本独特の詩話の役割や、江戸時期における詩話の隆盛の意味を説明できるのではないかと考える。本研究で得たこの視座の確認・証明と、その視座から得られるであろう日本における中国文学受容の実態の解明を、次の課題として設定する。
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