本研究をすすめていく上で主な資料となる「明清楽」楽譜については、これまで、古書を入手したり、系統的にこうした資料を所蔵する公的図書館としては唯一の図書館である長崎県立図書館において本人が筆写したものを用いてきたが、本年度まず基礎的な作業として新たに網羅的な調査を行い、現存する「明清楽」の全貌を示す目録を作成した。この「明清楽」の中には、当時の器楽合奏曲や民謡のほかに、歌い物や戯曲作品が含まれることについては、自身によるこれまでの予備的研究で明らかにしたところであるが、今年度はまずそうした戯曲作品を代表するものであるといえる『雷神洞』を選んで、細かな校訂作業をすすめた。具体的には、『清朝俗歌譯』(天保八=1837年序抄本)ほか四種のテキストが現存するこの作品について、校訂、注釈ならびに日本語訳を作成した。この作品は、十七世紀の戯曲作家李玉の『風雲会』の中の一段に基づき、その原作が現存しているが、のちに民間で大きく変貌を遂げ、地方劇としては湖北の漢劇、台湾の北管戯に「明清楽」と相通じる内容のものが伝わっている。このうち北管戯については、現在通行するテキストを入手した上で、字句の異同を調査した。この『雷神洞』は、明清楽中に保存されている中国伝統演劇の中では、最も完全なかたちで残る作品であり、江戸時代末期に日本に伝わった中国演劇を考える上で、その指標となる極めて重要な位置にあるといえる。
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