本研究は、江戸時代末期に日本に中国の伝統演劇がもたらされ、そして『明清楽』とよばれる音楽の楽譜のかたちをとりつつ、そのテキストが伝存していることに注目しながら、そうした作品が中国伝統演劇史の中でどのような位置を占めるのかを明らかにしようとするものである。 本年度はこれまで取りあげてこなかった『孟浩然踏雪尋梅』・『武大郎賣燒餅』などの作品について検討した。『孟浩然踏雪尋梅』は、明の周憲王に同名の作品があるものの、直接の関係はないと考えられ、また地方劇中にも関連を窺わせるものはない珍しい作品である。いっぽう『武大郎賣燒餅』は、水滸伝の故事に基づく作品であるが、民間小戯的な色彩が強い。こうした民間の作品と深い関係を窺わせるは、ほかにもいくつか存在し、せりふと民謡を思わせる簡単な歌からなるが、こうした作品が文字テキストとして残される例は稀であり、本格的な整理・校訂は、一定の資料価値を持つと考えられる。これらの成果は、現在整理中であり、できるだけ早い時期の公表を計画している。 また、十九世紀初頭の長崎唐人屋敷における詳細な観劇記録である、大田南畝『瓊浦雑綴』中の記事に注目し、内閣文庫所蔵の原抄本について調査、通行本である大田南畝全集本の誤りを正すことができた。さらにその中で言及されている『双富貴』という作品について、それが浙江乱弾の系統を引く、浙江省紹興の地方劇である紹劇の中に今も伝承されていることを明らかにした。 なおこれらの成果の一部について、平成23年5月に蘇州大学でおこなわれる国際シンポジウムにおいて、「従一幅画説起-崑曲是否在19世紀的日本長崎上演過」というタイトルのもとに、発表する予定である。
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