本研究は、台湾における大衆文学研究の成果を踏まえながら、植民地における日本語大衆文学(特に探偵小説)の寒相とその読者像を明らかにすることを目標とする3年間のプロジェクトであった。 最終年度にあたる平成22年度は、これまでの研究成果をまとめた論文(「萬華と犯罪-林熊生「指紋」をめぐって」)を執筆した。この論文は、台北帝国大学医学部教授の金関丈夫によって執筆された「指紋」という探偵小説を論じたものである。皇民化運動期の台湾においてもてはやされた「皇民文学」が、個人的な信念によって日本人と台湾人を隔てる生物学的な障壁の超克をテーマとしていたことに対して、探偵小説という「大衆文学」の手法を用い、人類学的・解剖学的な観点から、「皇民文学」への違和感を込めた作品であることを論じた同論文は、王徳威ら5人の編者の手による論文集『帝国主義と文学』(研文出版)に掲載された。 また、戦前の日本において絶大な人気作家であった火野葦平の海南島をめぐるルポルタージュを参照軸として、在台日本人文学者である紺谷淑藻郎の「海口印象記」を考察した「何謂「海外進出」:試析紺谷淑藻郎海口印象記」を、台湾・清華大学台湾文学研究所主催の国際シンポジウム(跨國的殖民記憶與冷戰經験:台灣文學的比較文學研究國際學術研討會)で発表した。大東亜戦争期勃発直前に執筆された「海口印象記」が、はからずも日本の「大陸進出」の実態を、植民地の読者に伝えてしまったテクストであることを論じた報告は、シンポジウム終了後にすでに加筆を行い、平成23年度に論文集が刊行されることになっている。
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