本研究の目的である18・19世紀の日本の漢詩文作家で、世にあまり知られていない7名の内、本年度はまず広島を代表する儒学者の家としての頼家、特に長男の頼春水の全著作を把握し、その文学性と文学意識とを探ることに努めた。頼宗家に伝わる資料は、平成11年の頼惟勤氏の逝去後、広島市中区にある頼山陽史跡資料館に寄贈されたが、春水と弟の杏平が編纂した大部の『與樂園叢書』は、数種類が広島市立中央図書館に保管されており、その中に含まれる春水兄弟の、未刊ながらほぼ全作品を網羅していると思われる詩文集を調査する必要があった。この叢書については頼惟勤氏の調査があるが、現在どのように整理されているかとその内容の詳細とを、現地へ2度赴いて調査した。部分的に複写も依頼し、読解を進めた。また竹原市にある春風館は、頼春水・杏坪が広島へ移住する前の先祖代代の居住地であるが、一般には非公開で未調査である。 収集した作品を読み進める上で、主要な語彙を中国の作品と比較するため、「四部叢刊CD-ROM」を購入した。しかし語句の比較・検索に至る前に、他者との関係なく生まれたと思われる作品を中心に「孤独」という面が浮上し、まず春水の詩に表れた「孤独感」を考察した。そこで語彙上で中国の詩人のとの関連を見るよりも、同時代の明清の作家の中から春水と社会的立場などが似ている詩人で、塩業の盛んな土地として広島・竹原と共通性のある、揚州の作家として院元との比較が考えられた。院元の詩文集は公刊されており、購入できるものは購入し、比較を試みたが、全体的な論考は次年度に継続し、ひとまず春水の「孤独感」のみを論文「頼春水の詩」としてまとめた。 上記に並行して、春水・杏平・父の亨翁・息子の山陽・妻の梅〓らのアンソロジー『十旬花月帖』を読み、和歌と漢詩との押韻問題を検討している。
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