本研究は18・19世紀日本の漢詩文作家で、世にあまり知られていない7名の作品を探索し収集し、中国の文人と比較検討することを目的とした。本年度は前年度までに引き続き、入手した作品の読解と検討とに努めると共に、新資料の可能性を探り、広島市、津市へ調査に赴いた。 石川県金沢市立玉川図書館近世史料館には、前田斉広夫人眞龍院の江戸から初めて加賀へ旅した際の日記『越乃山ふみ』の写本が所蔵されている。原本の所在は未詳の為、昨年度現地へ赴き、この写本を調査し、複写を入手した。そして検討した結果、眞龍院の漢詩作品は、この旅日記に載っている5首のみと思われ、漢詩作者として評価するには作品数があまりにも少ないことが判明した。眞龍院の文学意識はほとんど和歌によって表されていると考えられる。しかしその漢詩の用語を検討することにより、どのように漢詩文を勉強し漢詩を創作したのかを探る余地はあると考えられ、検索ソフト等を使用し、引き続き検討した。その結果、特定の中国の文人と比較することはできず、また真龍院が傾倒してその詩語を使用したような特定の詩人も、存在したとは言えなかった。しかし真龍院は幅広い教養を身につけ、作品は近体詩の作法にも十分にかなっていたことを確認し、「前田斉広夫人真龍院の漢詩」として本務校の研究紀要に発表した。 引き続き〓氏三兄弟と山陽、齋藤拙堂については中国の文人との比較を検討中である。
|