本研究は、日本に伝存する典籍における漢籍佚文の輯集と研究を通じて、日本の学術・文化がいかに形成され、また今後、いかなる方向へ進むべきかを、中国の学術・文化の受容、またその日本における変容という面から捉えていこうとするものである。 近年、国内外の学界において、漢文や漢学、また日本伝存典籍に対する関心が高まりを見せている。また、漢文訓読など、文化の基であることばの問題についても新たな知見が次々と提出されている。本研究は、奈良末平安初期の興福寺僧善珠が撰述した仏典注釈書を起点とし、さらに善珠以後、平安中後期から中世にかけての経典あるいは仏典の注釈書をも視野に入れ、そこにみられる漢文読解の方法や漢籍からの引用文について検討し、従来未発掘未整理であった資料を新たに提示しようとするものである。と同時に、奈良・平安期の漢詩文など、中国文化の影響を受けつつなされた著述活動にも広く注目し、学術史上における本研究の位置付けを意識的客観的に見据えつつ、古代日本の学問の水準と、その推移展開の過程を総体的に捉えていくことを目指すものである。 今年度は、以上の目的と計画に基づき、善珠撰『因明論疏明灯抄』の本文整理、校訂作業を進め、漢籍引用文中の佚文、異文を抽出整理するとともに、具平親王『弘決外典鈔』や院政期成立の『三教指帰』注釈書、さらには中世に及ぶ『源氏物語』注釈書にも視野を広げ、古代日本における漢籍の受容と言語、学術、文化の形成と展開について考察を進めた。 そしてそれらの成果を、国内外の学会やシンポジウムで積極的に発表し、論文として公表した。東アジアにおける「漢字文化」に対する学界全体の関心の高まりの中で、精緻な資料分析と、文化史を大きく眺め渡す広い視点とをもって研究を行うべく取り組みを進めた。
|