対格の再帰代名詞をとる再帰動詞がドイツ語においてどのように発展したかという問題に対しては、中高ドイツ語期(1050〜1350年)にはすでに事物を主語とする用法が確立していたことが明らかになった。その際、本研究以前には事物を主語とする用法が人間を主語とする用法から派生的に可能になったことが予想されたが、実例を見る限り、その想定は当を得ていなかったことが分かった。例えば、heben「持ち上げる、起こす」が再帰用法で「起こる」を意味する例が多数見られるが、これは他動詞用法での対格目的語が再帰用法で主語に繰り上がると見るべき例であり、人間を主語とする再帰用法から派生されるとは考えがたい。さらに中高ドイツ語ではverlieden「失う」が再帰用法で「失われる」を表す例も見られ、これは中高ドイツ語の再帰動詞が受動態化する過程にあったことを予想させる。ただし、現段階では、das Buch verkauft sich gutのようないわゆる中間構文の出現の時期を確定するには至っていない。sich verlierenにおいても、中間構文の特徴である動作主の存在が明確には考えられないので、中高ドイツ語ではまだ中間構文は確立していなかったと見るのが妥当である。そして受動態的な再帰用法が先に出現していることを踏まえると、受動態化が中間構文の成立の前段階にあると考えられる。また、他動詞用法の目的語が自動詞用法で主語になる他・自動詞については、事物が状態変化の対象となる用法がプロトタイプ的であると想定していたが、実例を見ると、むしろ場所の移動を表す用法が意味の中核にあることが明らかになった。
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