ドイツ語の助動詞における文法化の実証という観点から、平成22年度はwerdenの助動詞化の問題を取り扱った。特にwerdenが未来形の助動詞として用いられることを他のゲルマン語との比較という観点から考察した。他のゲルマン語では英語のwillやshallのような話法に関わる助動詞が未来助動詞であるが、ドイツ語では「なる」を意味し、話法的な意味に関わらないwerdenが助動詞になっている。しかも、もともとドイツ語では古高ドイツ語以来英語のshallに相当するsollenが未来助動詞の機能を果たしていただけに、なぜ初期新高ドイツ語期からwerdenが未来助動詞化するのかが問題になる。その直接の理由を明らかにすることは困難であるが、ドイツ語ではwerdenが受動態の助動詞としても用いられるということが未来助動詞werdenの成立に関わるのではないかと推測される。この点で示唆的なのは英語のbeが受動の助動詞として用いられるということである。ドイツ語でbeに相当するseinは、中高ドイツ語までは一般的な受動の助動詞として多用されていたが、現代では状態受動という限定された意味しか表さない。ただしseinは完了形助動詞としては依然として用いられている。現代英語でbeが完了形の助動詞としてもはや用いられないことは、英語でhaveが間接受動としてよく用いられるのに対し、ドイツ語のhabenが間接受動にあまり用いられないことと連動している。このように見ると、ドイツ語のseinは完了形助動詞としての役割を大きく持ち、受動助動詞としてはあまり機能しなくなり、その結果werdenが受動助動詞の中心となって、「なる」の意味から離れ、未来助動詞としても「なる」とは意味的に無関係な話法的意味を高めたと考えられる。
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