(1) 類語検索型辞典アルメニア語新約聖書シソーラスを作成するという目的の実現に向けた基礎作業として、平成20年度は、アルメニア語「ゾフラブ」聖書テクスト(1805)の語彙調査を進めるにあたってPalandjian(1991)を参照しながら、まず四福音書についてはKunzle(1984)を用いて全語彙を収集した。ついで、新約聖書のアルメニア語語彙とギリシア語語彙との間に意味領域に基づいた対応関係を同定する作業に入った。意味領域についてはLouw & Nida (1988-1989)において意味分析および意味分類の基本原理をモデルとして提示された意味領域を対照基準として用いることにしたが、今年度はまず具体的な事物に関する意味領域(地理的対象、自然物質、植物、動物、食物、人体、家族・親族名称など)を対象にして、アルメニア語語彙を実際に生起する本文とともに抽出・分析して、データベース化を実施した。 (2) 意味領域による語彙の対応を同定する作業の中で、アルメニア語では原則としてギリシア語に比較的忠実に語彙が当てられていることが明らかになった。しかし、その一方で、テクストの異同を詳細に検討すると、必ずしも忠実な対応ではなく、異なる語彙が意図的に使用されたり、あるいは翻訳自体が施されていないという事例が見出された。異読による可能性を排除するならば、こうした異訳現象はアルメニア語新約聖書に固有のテクスト解釈と判断され、したがってアルメニア語的言語宇宙の一端の解明につながる重要な証拠となる可能性をもっていることが明らかになった。
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