研究概要 |
昨年度までの研究をまとめながら,2010年夏に口頭発表を3件行った。(1)小説の翻訳を手がかりにして3人称の「語り」における様式の相違について考察した。概要は,原則として登場人物が明示され,動詞が過去形になるドイツ語では,語り手が出来事を外側から描くような印象を与えるのに対して,登場人物がしばしば非明示で,動詞も過去形と非過去形が頻繁に入れ替わる日本語では,語り手が出来事の内側から,登場人物に寄り添うようにして描くような印象を与えることが多いとまとめられる。(2)動詞の活用との関連で文法的人称の体系を考察し,先行研究でも指摘されているように,ドイツ語を含む西欧諸語の1・2・3人称への3分割に対して,日本語では自称と他称に2分割されるという相違を再確認した上で,動詞が文中で担う統語的・意味的機能と関連付けてこの相違を考察し(受益/授益や行為の対人的方向性を動詞が表すかどうかなど),話者が出来事を見る際の視座の違いと関連づけた説明を試みた。(3)日独語の受動態について再考した。これまでの報告者自身の研究で「ドイツ語の受動文が注視点に関して能動文と異なるのに対して,日本語の固有の受動文は視座に関して能動文と異なる」と主張したが,研究補助者の協力を得て小説や新聞記事などから収集した事例,受動文の主語の有無および有情・無情の別,動作主表示の有無などの量的な違いも示しながら,前述の一般化を補強・精密化した。 今年度の研究を通じて,視点概念を軸とした日独語構文の対照研究には談話(テキスト)レベルの考察が重要であることを再認識したため,「語り」の構造に関する言語学的研究に着手した。また,小説の翻訳を対照研究に利用する際,翻訳論の観点から精緻化を図る必要性を認識した。さらに,「視点」を軸とする考察は,アフォーダンス理論などを援用した理論的強化が可能であり,また必要であるという認識に至った。
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