この研究課題は、従来、音韻学的見地からのみ研究対象とされてきた音注について訓詁学的観点から新たに見直すとともに、やはり従来看過されてきた音注の史的変遷の過程も明らかにすることを目指すものである。昨年度の『論語』の経文に見える文字に附された音注の史的変遷に関する調査は予定通り完成し、その成果は「論語音対照表」として『富山大学人文学部紀要』第53号に発表した。それに引き続き、今年度は、新たに『禮記』中庸篇・大学篇の経文に見える文字に附された音注の史的変遷に関する調査に着手した。具体的作業としては、まず陸徳明『經典釋文』禮記音義(通志堂経解本)の経文に附された音注(反切、直音、必要に応じて経文のテキスト異同)に関する記述を抜き出して表を作成し、次に朱熹の『四書集注』(中華書局本)大学章句・中庸章句の経文に見える文字に附けられた音注(反切、直音、必要に応じてテキスト異同)を比較しながら対照表の作成を進めた。通志堂経解本『經典釋文』、中華書局本『四書集注』のテキストに問題があるように思われる場合には、国内の研究機関に赴いて、異なる版本も参照した。『經典釋文』禮記音義『四書集注』の音注対照表の完成後は、それに基づいて、一般的な多音字について、二書の音注の附け方を比較し、二書の多音字に対する注音態度の違いを明ら、かにした。その調査結果は「大学章句・中庸章句の音注について」として『富山大学人文学部紀要』第55号に発表する予定である。この調査により、『論語』の場合と同じく、多音字の注音では『經典釋文』が反切を用いていても『四書集注』では声調で音を示す場合が多いことが明らかになった。
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