この研究課題は、従来、音韻学的見地からのみ研究対象とされてきた音注について訓詰学的観点から新たに見直すとともに、やはり従来看過されてきた音注の史的変遷の過程も明らかにすることを目指すものである。2008年度は、『經典繹文』毛詩音義、『詩集傅』、『詩經集傅』の音注対照表は予定通り完成し、その成果は「毛詩音対照表」として『富山大学人文学部紀要』第51号に発表した。2009年度は、『論語』の経文に見える文字に附された音注の調査をし、「論語音対照表」として『富山大学人文学部紀要』第53号に発表、2010年度は、『禮記』大学篇・中庸篇の調査をし、「『大学章句』、『中庸章句』の音注について」として『富山大学人文学部紀要』第55号に発表した。今年度は、それらに基づいて、一般的な多音字について、『經典繹文』と朱熹注の音注の附け方を詳しく分析し、二者の多音字に対する注音態度の違いを明らかにした。その分析結果は「『經典繹文』と朱熹注音」として『富山大学人文学部紀要』第57号に発表する予定である。この調査により、多音字の注音では『經典繹文』が反切を用いていても『四書集注』では声調で音を示す場合が多いことが明らかになった。音注を声調に置き換えることは文字に圏発をつけることを可能にするということでもある。訓詰学的音注の史的変遷を明らかにするために行った調査ではあったが、音注の変化が宋以降の木版印刷の普及とも関連を持つ可能性を示唆するものでもあった。
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