当初の研究計画に沿って、『一般言語学草稿』の対象であるソシュールの自筆草稿の判読・転写・邦訳・注釈の作業を進めたが、その過程で重大な問題に直面した。 ジュネーヴ大学公立図書館に所蔵されているこの自筆草稿はArch de saussure 372なる分類番号の元に整理されているが、ガリマール版には収録されていない草稿が50頁を超えることが判明した。しかもその内容は、主にソシュール自身の若い日の業績である『インド・ヨーロッパ語における母音の原初体系』に関する書評に対する批評的なメモであり、ギリシャ語やサンスクリットをはじめとするインド・ヨーロッパ語が頻出する。ガリマール版に収録されなかった理由も、判読に極めて手間がかかること、および内容の理解が容易ではないことなどが挙げられよう。 最終年度の後半は、この手つかずの草稿の判読転写の作業に全面的に費やされた。まだこの部分の草稿は半分余り残っているが、ソシュールの『覚書』と後年の一般理論との内的連関を探る上で、決定的な重要性を有する貴重な考察が読まれるので、今後の最重要課題となった。
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