本研究は、中国古代の竹簡や木牘に筆写された戦国簡牘文字の分析を中心に、戦国期における文字の地域差の実態を明らかにすることを目的とする。平成22年度の研究成果は、大きく以下の3点にまとめられる。 1.稚拙性をおびた字体をもつ楚簡の検討:上海博物館蔵戦国楚竹書について分析を加え、稚拙性をおびた字体をもつ『凡物流形』甲本および『天子建州』乙本は、それぞれ『凡物流形』乙本および『天子建州』甲本にもとづく習本と見なされることを指摘し、これらのテキスト書写の背景には、楚国における教学の場が存在したことを明らかにした。この研究成果は、論文「『天子建州』甲乙本の系譜関係」および論文「『凡物流形』甲乙本の系譜関係-楚地におけるテキスト書写の実態とその背景-」(図書『出土資料と漢字文化圏』収載)として発表した。 2.新出資料を中心とする『蒼頡篇』の検討:秦の文字規範を示すと見なされる『蒼頡篇』について、2008年に出土した新出資料である水泉子漢簡七言本『蒼頡篇』の分析を行い、漢代小学書の系統という観点からその重要性を明らかにし、七言本『蒼頡篇』が『漢書』芸文志に記された逸書である「蒼頡伝一篇」に該当する可能性を指摘した。この研究成果は」論文「水泉子漢簡七言本『蒼頡篇』考-『説文解字』以前小学書における位置-」として発表するとともに、その中文訳を武漢大学簡畠研究中心「簡帛」網に発表した。 3.楚簡文字と秦簡文字との分立に関する検討:これまでの個別的な分析を踏まえて、本研究の中心テーマである戦国簡牘文字の地域差について水偏を中心に総合的な考察を加え、水偏を三本の短い横画であらわす、いわゆるサンズイは戦国中期以前の秦において独自に成立した俗体である可能性を指摘し、楚簡を含めた戦国簡牘にみえる多様な水偏の分析をとおして、サンズイの成立過程を明らかにした。この研究成果は、論文「「〓」〈サンズイ〉考」(図書『書学書道史論叢2011』収載)として発表した。
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