本研究は、中国古代の竹簡や木積に筆写された戦国簡績文字の分析を中心に、戦国期における文字の地域差の実態を明らかにすることを目的とする。本年度は、4年間におよぶ研究の最終年度にあたるため、これまでの研究の成果の総括と今後の展開を意図して、新たに公表された『清華大学蔵戦国竹簡(壹)』および『上海博物館蔵戦国楚竹書(八)』を中心に研究を行った。その結果、戦国簡牘文字の地域差の実態を把握する上で、とくに『清華大学蔵戦国竹簡(壹)』所収の『保訓』の重要性が明らかとなった。 『保訓』は2008年に清華大学が香港から購入した戦国中晩期と推定される竹簡11枚からなる古逸書であり、周の文王が太子の発(武王)に対して述べた遺言を内容とする。『保訓』はすでに古代史・思想史の分野を中心に研究が進展しているが、一方で複数の研究者により偽書説が提起されている。その論拠のうち文字・書法に関する疑点は、比較的客観性をもつ論拠として注意されるが、その見解には首肯しがたい点が多く、少なくともこれらを根拠に『保訓』を偽書と断定することは困難である。そこであらためて『保訓』のすべての文字について、楚簡・秦簡・金文・伝抄古文などの古文字資料との詳細な比較分析を試み、以下のような結果を得た。 (1)『保訓』と三体石経との字体の共通性は、両者がともに正体の様式に由来することを示唆しており、金文の正体と簡牘の俗体とをつなぐ資料として、書体史上、貴重な意義をもつ。 (2)『保訓』には、楚系文字を基盤としつつ同時に楚簡習見の形体とは異質の要素が認められる。特にこれまで指摘されていない秦系文字との関連が見いだされたことは、戦国文字の多様性を解明する上で注目に値する。 これらの研究成果は「清華簡『保訓』の文字学的検討」と題し、昨年の11月に大東文化大学で開催された「第22回書学書道史学会大会」において報告した。
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