「切字釈疑」の第2節「切韻当主音和」の条を研究対象として、下記の作業を行った。 1. 底本及びその他4種のテキストを対照して本文の文言の異同を明らかにした。 2. 本文の和訳を作成した。 3. 9月に国立公文書館及び東京大学東洋文化研究所を訪ね、『五音類聚四声篇』付載の「篇韻貫珠集」や「切韻指南」、『続修四庫全書』所収の明時期の音韻学文献など、研究対象に関連する文献類の内容を調査した。 4. 上記3において調査した文献類ならびに本務校と個人が所蔵する諸文献について、本文が引用する出典や内容を確認した。 5. 上記3の成果に基づき、訳注を作成した。 6. 本文が例証として列挙する方言音や古典籍に付された音注例について、出典の調査・現代方言との対照を行い、若干の考察を加えた。 7. 上記1・2・5・6の成果をまとめて、小論「方中履『切字釈疑』「切韻当主音和」の条を読む(「切字釈疑」訳注2)」を執筆し、『アジアの歴史と文化』第14輯に寄稿した。 結果、作者の方中履が、その父方以智の著作である「切韻声原」に見られる方法論や挙例を父親の名を掲げて祖述している様子が明らかになった。また、明末に中国を訪れたイエズス会士がラテン文字で中国語の発音を表示した韻書『西儒耳目資』の方法に注目し、これを高く評価していること、旧法を墨守する余り、これにさまざまに難解な修正を施すことで対応しようとする旧来の音韻学の姿勢を批判し、言語音の実際をじかに記録する手法こそが音韻研究の本来的な方法でなければならないと主張していることがわかった。作者が、言語音の時間的な変化をどのように認識しているのか等、なお考察が必要な課題も残った。この点は後に、2010年2月の時間学研究所「第12回時間学セミナー」での発表テーマのヒントになった。 続いて、第3節「門法之非」の条について、上記1と同様の作業を行った。
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