平成24年度中に行った研究の内容は下記の通りである。 1.23年度から24年度にかけて蓄積した調査・研究に基づき、研究対象である「切字釈疑」の第7節にあたる「発送収」の条について訳注を作成し、これに若干の考察を加えた小論を執筆・公表した。これにより、著者の方中履が、自身の発音行為や方言音等を参考にしつつ、子音の調音点や調音様式について細かに観察していたこと、イエズス会士である金尼閣の『西儒耳目資』や梵語の悉曇章等を参考にしていたことなど、彼の音韻学の特色を示すと思われるいくつかの点が明らかになった。 2.同じく23年度から24年度にかけて蓄積した調査・研究に基づき、「切字釈疑」の第8節にあたる「叶韻」の条について訳注を作成し、これに若干の考察を加えた小論を執筆・公表した。これにより、著者の方中履が、上古漢語と中古漢語の間に起こった音韻の時間的変化と、それを立証する資料について、的確な認識を有していたことがわかった。また、日常の話し言葉や、詩歌等の文芸活動においては、話し手や作者の生きている時代の発音を用いることが、自然で正しいありかただと捉えていることがわかり、上古音・中古音のどちらに対する復古主義にもくみしない、驚くほど現実的かつ自由な考え方をしていることが明らかになった。 3.「切字釈疑」の残りの2つの節、すなわち、第9節「沈韻」と第10節「方言」について、テキストの字句の校合、和訳の草稿の作成、訳注作成のために参照すべき文献資料の閲覧と筆記・収集を行った。また、24年10月に参加した日本中国学会の全国大会でも、本研究課題の為に参考価値の高い研究発表を聴くことができた。しかし年度内において、訳注の完成と成果の公表にまでは至ることができなかった。
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