2000年に公刊された象形文字ルウィ語碑文の資料集であるJ. D. HawkinsによるCorpus of Hieroglyphic Luwian Inscriptionsは同言語研究にとって最も重要な研究資料であるが、刊行後に発見された碑文資料との比較研究も同言語の網羅的な考察に必至である。カルケミシュ地域から出土した碑文に散見された再帰小辞-siは同地域の特異な言語的改新の蓋然性が高いものであるが、1997年に発見され2000年公刊のチネケイ碑文(2例)、1999年に発見され2006年に公表されたテル・アフマル碑文(2例)からも-si要素が確認され、同要素も従来の再帰性を明示する小辞と同定されたことで、より広範な地域への普及が推知された。このような地域的変異の様相は、同言語に散見される疑問構文の表出においても同様に確認された。本来、同碑文資料は国王碑文の体裁ゆえに、相手に対して疑問・要求表現が表出される場面は僅少であるために、疑問構文の出典数は少ない(総計19例)が、書簡形式のアッシュール書簡文書からは17例確認され、同資料から真偽疑問文、疑問詞疑問文に加えて反語的な修辞疑問文も認知された。地域性のみならず、碑文の表出内容も象形文字ルウィ語の網羅的な言語研究に必至であることが首肯された。上記のアッシュール書簡文書の発見地が西方のアッシュールであっても本来の書簡作成地はカルケミシュと推定されているので、カルケミシュとテル・アフマル地域の言語変異としての言語的改新の重要性と同資料碑文の地域別且つ成立年代別の比較考察がより重要になってきた。象形文字ルウィ語碑文の包括的な地域別・成立年代別分析の援用も含めて、上述の研究成果は筆者主宰の「第17回西アジア言語研究会」(平成22年12月4日京産大開催)において報告している。
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