研究概要 |
本研究の目的は,16世紀のニュルンベルクにおいてパンフレットやビラという形態で出版された様々な種類のテキストの文体を分析することにより,新メディアである活版印刷が当時のニュルンベルク市民の言語使用に影響を与えた可能性を探ることであり,具体的な解明点の一つとして掲げられているのが「特定の種類のテキストに典型的な文体はあるか」という点である。 そこで,研究代表者の森澤は,まず時事報告(Neuigkeitsberichte)を対象として,このテキスト種における関係詞の分布を調査した。時事報告は新聞の先駆けと言われるもので,調査対象としたテキストは遠隔地の政治・社会情勢の他,天の超常現象等を伝えるものである。16世紀においては,殊に関係詞der, so, welcherが競合するが,先行研究ではいわば無標のderに対し,soは官庁体的,welcherは教養語的な文体手段とされている。調査の結果,当時の威信言語である官庁語及び一般市民の言語とは異なり,時事報告ではso及びwelcherの出現率がいずれもderより高いことが分かった。そこで,時事報告においてderよりも高尚な文体手段が多用される一因を,多売を目的とするパンフレットやビラにはセンセーショナルな内容が欠かせず,それとともにその内容の信憑性を強調する必要があったこととの関連で説明する試みをした。以上の内容の一部は,ハレ大学ドイツ語学文学研究所のコロキウムで,また,他の一部は日本独文学会(ブース発表)で発表した。 殊に市民の間ではsoやwelcherの使用は16世紀の流れの中で徐々に広まっていくことから,時事報告に見られるこれらの関係詞の多用が市民の言語使用の変化に影響を及ぼした可能性については,他のテキスト種を顧慮しつつ,さらに詳細な調査と考察を行なう必要のあることが確認された。
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