平安時代語の文芸作品を対象として、そこに用いられる名詞修飾を調査した。そのうち、『源氏物語』に現れた「動詞・タル・名詞」の語脈をすべて採集して、形容詞的用法であるか否かを選別して、後者の標本を作製した。これは、研究全体の予備調査的段階ではあるがおおむね所定の目的を達して、より大規模な調査に進むことが可能であるとする見通しを得た。その概要は以下の通りである。(1)『源氏物語』の過去辞キ・ケリ・ツ・ヌ・タリ・リが介入する名詞修飾のうちでタリ介入型のものが最大である。(2)その理由は、タリが介入する動詞の形容詞的用法が極めて多数の用例を持つことに起因する。(3)タリが介入する多数の形容詞的用法は、現代日本語において尚使用に耐えうるような、汎用性の高い、すなわち歴史的耐久力の旺盛な強力な表現力を持つものがいくつも存在する。(4)掛かる傾向は、ひとり『源氏物語』に留まらない、平安時代の平仮名文芸作品全体に観察されるものであるとの見通しを得た。次年度以後は、この見通しをさらに発展させて、王朝古典文学全体の傾向であることを論証し、中世語への橋渡しになった意義を解明したい。
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