奈良時代語から平安時代語に至る古代日本語の歴史的成立過程において、最大の貢献と動力源をなしたのが動詞の増殖過程であった。中でも注目されたのは、動詞の形容詞転用であり、「飛ぶ鳥」「咲く花」などの無標識の絶対的分詞、「生ける屍」「咲ける花」などの現前描写を特徴とする現在分詞、「咲きたる花」「荒れたる都」のような過去分詞という時制を柱とする鼎立関係が成立した。過去と現在の種類のみの欧語の分詞の体系と異なり、時制3分詞とさらには、「射ゆ宍」のような受け身、「あるべき姿」のような当為、「あらむ限り」のような推量と言った、およそ主要な日本語文法カテゴリーを内部構造に抱え込んだ複雑でユニークな分詞構造を持つことを明らかにした。また、連体修飾による分詞用法のほかに日本語では、「焼き鳥」「勝ち馬」「生き様」のような連用形による名詞修飾が広く認められる。これは、修飾形と被修飾形との関係が直観的、恣意的で英語での swimming pool sewing machine のような動名詞に当たる。これは、日本語の分詞が「荒れたる都(都、荒れたり)」「咲きたる花(花、咲きたり)」のような既存の統語構造を前提として成り立っているのと異なっている。現在分詞と動名詞を形態上区別しない英語などと違って日本語は、分詞と動名詞を連体形と連用形で区別する点においてもユニークな体系であり、この点も従来の研究において等閑に付されていた。 以上、本研究では日本語の動詞的形容詞すなわち分詞の体系が独自の性格を持ち、高い造語生産力を備えたものであり、かつまた動名詞の用法とも形態的に区別された文法的性格の濃厚なものであることが明らかにされた。このような体系が平安時代語に至るまでの古代語成立過程の中で形成されたものであることが明らかになった。このようなプロセスを可能にしたものが動詞が動詞を生む飛躍的な増殖能力であった。
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