本研究の課題は、梵字資料によって日本語の歴史的展開を従来の研究にも益して闡明せんとするものである。そのためには基礎資料となる梵字資料の収集を広く行う必要があるが、既に約500点の資料につき基礎データを蓄積しているが、これらは残存資料の一部に過ぎず、また、資料ごとのデータそのものも十分ではない。本申請は3年計画でその梵字資料の不十分な部分の補充を行いつつ研究課題の追究を進めようとし、本年度は近畿地方の諸寺や博物館の梵字資料の調査を遂行した。東寺及び石山寺各寺では胎蔵界・金剛界両界儀〓作法次第の梵字資料の調査により、データベースの補充を行うことが出来た。 奈良国立博物館の調査では、平安初期の日本梵字音韻学の大成者である安然の代表的著書『悉曇蔵』八巻の調査を行い、その訓点調査とデジタル写真化を行い、この書の第8巻の梵字の音読点が従来学界に紹介されていたものに比して特徴的であり、平安末期の梵字の音読史、及び東寺の日本語音韻資料としての有効性が高く、活用性の高い資料である見通しを立てることが出来た。この資料については共同調査研究を行った肥爪周二氏と共に改めて学会誌に紹介する予定である。 梵字資料の中で、妙法蓮華経に収められている陀羅尼の読誦は、同経の読誦の一般化に伴い大きな歴史的展開をとげたもので、日本に於ける梵字音読の変遷を知る資料として重要であることから、その読誦法の具体的な変遷について研究を行い、或程度の見通しをたてることができ、それを論文として発表した。また、胎蔵界・金剛界の儀〓資料は梵字資料の最も重要な基礎資料であるが、本年度は高山寺蔵『胎蔵界自行次第』永久元年点についてその梵字陀羅尼の音読法の特徴を具体的に明らかにし論文として纏めた。
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