研究概要 |
後期中英語の形容詞の語尾の脱落過程を探るために、今年度は、『マンデヴィル旅行記』(欠損版)を主な分析対象とした。この旅行記については、平成20年度のコットン版の分析によって、「有標の語尾を伴う形容詞は被修飾語である主要語の後位置という有標の位置を占めることはない」という仮説が設定され、平成21年度のボドレー版の分析によって検証されている。そのために今年度は欠損版での検証が中心課題となった。欠損版でも仮説どおりの分析結果が得られたことから、いくつかの興味深い指摘が可能となった。すなわち、いずれの写本においても、形容詞の語尾は、単数・複数の区別、限定的・叙述的用法の区別、強変化・弱変化という過去の屈折の区別、および語源に基づく語尾の有無という観点からすると、写字生はかなり無作為に語尾-eを付加または削除しているように思われる。しかし、使用頻度数の多いgreat,good,fair,long,holyなどの形容詞のそれぞれについて、数と用法の区別に関して、使用頻度数の多い語尾を無標(unmarked)、少ない語尾を有標(Marked)と規定すると、限定用法の場合、有標の語尾は主要語(head)である名詞の後という有標の位置を占める例は皆無であった。このことから、いずれの写字生も、形容詞の語尾-eの付加については明確な原則を守っていたことになる。それゆえ、現代英語の名詞・動詞・代名詞・指示詞などに明確に存在する数の区別が、形容詞には欠落しているという事実の背後にある歴史的変化の過程を探る場合、分析対象とする文献の個々の形容詞の語尾の有標性の区別は不可欠であることになる。したがって、本研究の成果は、今後の英語史研究の分析方法に大きな貢献をするものと思われる。なお、本研究の成果に基づくチョーサーの『カンタベリ物語』における形容詞の語尾の脱落過程についても分析を進めつつあることから、成果が期待される。
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