本研究は、形式語用論と認知語用論という異なる角度から情報構造上の概念を洗い直し、日英語の言語事実を詳細に検討しながら、その理論的な意義を再構築しようとする試みである。昨年度に引き続き、河村は形式語用論の立場から情報構造上の概念の標示と文脈情報の繋がりを、内田は認知語用論の立場から有標構文の機能分析に占める情報構造上の概念の位置づけを中心に研究を行った。 (1) 河村は、形式語用論の立場から英語の名詞句の定性について論じた。その結果、様々な用例における冠詞の定性について、(ア)可算、不可算のどちらとして扱われているか、(イ)可算の場合には個体を表すか種類を表すか、(ウ)個体を表す場合は不定のtheと呼ばれる慣用的な解釈が許されているかの3点を明確にすればRobertsのいう「語用論的唯一性」の概念をもって説明できるという結論に至った。さらに、この語用論的な唯一性の概念と日本語の主題標示の関連を検討した。また、前年度に行った日本語の対照主題の意味論についての分析が(主題を表さない)いわゆる対比の「は」の様々な分析とどのように両立しうるかについての考察を行った。 (2) 内田は、認知語用論的な立場から英語のthere構文を取り上げ、これを形式言語学的な分析との関連において考察した。その結果、there構文の容認性は動詞の非対格性といった語彙的統語的な特性や名詞句の定性や既出性といった情報構造上の概念だけでは決まらず、これを説明するためには意味上の主語を表す名詞句を導入するための場面設定に適した環境が整えられているかという機能的な要因を考慮に入れる必要があることが示された。さらに、この問題を聞き手の情報への関与を重視する立場から、関連性理論における最適性の問題として分析する可能性について検討した。
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