本年度は、研究初年度で実施した先行研究のまとめ及び問題点の整理がほぼ終わったのを受け、法の非対称性の予備的考察に着手した。法(mood)の非対称性を主に主節(動詞あるいは述部)と(主節に選択される)埋め込み節(従属節)で観察し、観察された非対称性を「発話の力(illocutionary force)」という観点から分析し説明をあたえた。 より具体的には、法の種類を英語では3つと仮定し、論理的な組み合わせとしては9通り可能なものの、実際にはそのうち英語の文法としては許容されないものが3つあり、いずれも埋め込み節に命令法をマークしたものであった。そこで埋め込み節に命令法がマーク出来ないという事実に議論を絞り考査を進めた結果、その事実を法をという観点から捉えるのではなく、発話の力から捉える提案を行った。 また、事実を詳細に検証した結果、Crnic and Trinh(2009)のみがすでに指摘した事実が示すように、命令法が従属節に埋め込める例があることを発見した。ただし、Crnic and Trinhが提示する事実だけではなく、他にも根文一般が埋め込めるのは描出話法(Represented Speech)という事実を提案した。また、なぜそのようなことが可能かという問いに対して「発話行為の合成(speech act compounding)」という統語的メカニズムを提案し、意味論の領域における「単文に異なる二つの発話の力はマーク出来ない」とする伝統的見解に構造的な理由付けを与えた。 本研究の副次的な産物として、一般にどのような構造の埋め込みが許されるか(また許されないか)という問題に取り組んだ際に、従来は「Head-final filter(主要部終端フィルター)」として知られる基本的制約の例外があることも発見した。
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