主節と埋め込み節(あるいは従属節)で観察される非対称性のうち、ムード(mood)に関する非対称性を理論的に説明する試みを行った。ムードに関する非対称性は、命令法(命令文)が従属節には埋め込めないという事実のみであり、これまで主に「主節とは異なる発話の力(illocutionary force)を埋め込むことは出来ない」とする普遍的な制約として意味論の領域で扱われてきた問題であった。 しかしながら、本研究ではさらに一歩進めて、その制約に反例があることを示し、また反例にはある一定の統語環境のもとで生じる事実を発見し、命令文のみならず、一般に「根文(root sentences : R)」と呼ばれるものが埋め込み節でも生じる場合があることを主張した。 具体的には、命令法(imperatives)が埋め込めない理由として考えられてきた、主節とは異なる発話の力を埋め込めないとする意味論上の制約を、発話の力というforceをRizzi (1995)以来提唱されてきたForceと捉え、統語的な素性として位置付け統語的な解決法を与えた。またさらに、反例が生じる環境は「描出話法(Represented Speech : RS)」に限られる、との見解に至り、そのメカニズムとして「発話行為の合成(speech act compounding : SAC)」を提案した。 これからの課題としては、RSという環境には如何なる特性があるのかを解明し、SACのメカニズムを一層精緻化していく必要があると考えている。また補文化辞(complementizer)を伴う間接的埋め込み形式ではなぜ生じないのかといった問題にまで発展させて研究を行う予定である。
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