本年度の調査の目的は、論文や学会発表で成果を公表するとともに、『日本霊異記』の地域間関係説話とその他の地域説話と比較し、『日本霊異記』の説話形成の特色を明らかにすることにある。 本年度の調査は丹後半島で行ったが、ここには『丹後国風土記』逸文に「浦嶋子伝承」と「羽衣伝承」が残る地域である。この二つの説話は中国の神仙思想説話などの影響を強く受けたものであるが、基本的には在地で創作された説話である(拙著『浦島太郎の日本史』吉川弘文館2009、『丹後半島歴史紀行』河出書房新社2001)。今回の調査は特に羽衣伝承について、その伝承地を調査し在地の地名との照合を行い、説話の形成が丹後地方であることを確認することが目的であった。 その結果、「浦嶋子伝承」も「羽衣伝承」も丹後半島で形成された可能性が高い説話であったが、『浦嶋子伝承」についても後に『浦嶋子伝』として広く知られ、同時代に説話が移動し、他の説話に影響を与えた可能性はない。『羽衣伝承』に至っては、その後の時代になっても他地域に後半に伝承され、流布された形跡はなかった。このことは、唱導が目的で形成された『日本霊異記』の説話との性質の差を浮き彫りにしている。このように、同時代説話との比較研究は重要であると認識した。 この結果、『日本霊異記』の説話はあくまでも在地での唱導が目的であり、そのため唱導を行う僧侶の移動に伴って、説話も移動し他の説話に影響すると考えられる。この点については今後の課題として継続して研究を続ける必要があるが、それとともに地方寺院間のネットワークを明らかにするためには、説話の移動だけでなく、とくに寺院の伽藍配置や瓦などの寺院造営技術の伝播とも関係づけて、今後の研究を行っていきたい。
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