研究初年度にあたる平成20年度の研究は、朝鮮近世の中でも第15代国王の光海君時代(1608-23)を中心に、その時期に伝来した漢訳西学書について検討を加えてきた。検討の主な点は、いつ頃に誰がどのような漢訳西学書を伝えたのかということと、伝えられた書籍が当該社会にどのような影響を与えたのかということであった。 また、検討した主な史料は、官撰史料の『李朝実録』、明朝に使行した知識人が書き残した使行日記の『朝天録』、渡日した通信使らが書き残した使行日記の『東槎録』、或いは知識人らが編述した文集などである。いずれも、富山大学図書館で所蔵しているものである。検討の結果、次のようなことが明らかとなった。 第一は、研究代表者はこれまで光海君時代に李〓光と黄中允によってマテオ・リッチの世界図『坤輿万国全図』と『両儀玄覧図』が将来されたことを明らかにしたが、彼ら以外に、イエズス会士作製世界図を将来した人物がいないことが明らかとなった。なお、光海君時代に朝鮮にもたらされた世界地理情報については、「17世紀初頭朝鮮に伝えられた世界地理情報」(『海域世界のネットワークと重層性』所収)と題してまとめている。 第二は、光海君時代に活躍した柳夢寅がその著書『於于野譚』の中で、リッチの著書『天主実義』と世界図について言及している部分があり、これによって柳夢寅は漢訳西学書を閲覧したと結論付けてきた。しかし、『於于野譚』の諸本を分析・検討した結果、同カ所は柳夢寅の死後に書き加えられた可能性が高いことが明らかとなった。それについては、「朝鮮光海君時代に伝来した漢訳西学書:柳夢寅『於于野譚』異本考」(『明清史研究』5輯)と題してまとめている。
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