本研究の課題は、「ジェルミナルのドラマ」以後のパリ民衆の革命政府にたいする関係を明らかにするとともに、パリ民衆の日常的な動きや「世論」を把握することによって、テルミドールのクーデタへの見通しをつけることにあった。当該年度は成蹊大学の学外研修制度の適用者となったため、4月1日から約6ヶ月間、パリ警視庁文書館などの史料をもとにジャコバン独裁期に逮捕された人物のうち「反革命的な言辞」「公民精神の欠如」などが逮捕理由であった人物のリストをつくり、その個人調書の調査をおこなおうとした。しかしこの作業は完了しなかった。その理由は2つある。第一に、革命期の逮捕者約2万人のうちから上記の理由で逮捕された人物のリストを作成する作業が、予想外に時間を要したためである。第二に、実教出版の高校教科書『世界史B』の執筆やこれまでの史料調査の成果を一部公表する作業に忙殺されたためである。 こうして史料調査は当初の予定どおりに進捗しなかったが、これまでの史料調査の成果の公表という点では、一定の成果が得られた。まず「「テルミドール9日のクーデタ」とは何だったのか」では、パリの48セクションの文民組織の行動とそれを正当化する言説を網羅的に検討することによって、クーデタ以前に国民公会の正統性がセクションの活動家のあいだに浸透していたこと、したがってクーデタ側が勝利する可能性はなかったことを明らかにした。また「食糧と政治」では、17世紀末~19世紀半ばの食糧騒擾の時代は、固有の制度とふるまいと言説によって特徴づけられており、「自由」も「規制」や「保護」を前提にしていたことを示した。これ以外に、遅塚忠躬『フランス革命を生きた「テロリスト」ルカルパンティエの生涯』を監修したが、そこでもこれまでの史料調査の成果が生かされている。
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