2007年、奴隷貿易廃止200年を記念して、イギリス、並びにこの出来事と関連する旧植民地ではさまざまな記念行事がおこなわれた。本研究はその顕彰の様子、換言すれば「奴隷貿易廃止の再記憶化」を中心に、世界各地で問題化する「歴史における謝罪」に作用する力学を検証しようとするものである。研究初年度である本年度は、この顕彰行事がもっとも活発に行われたイングランド北部の諸都市を中心にすでに行っていた2007年の調査記録を詳細に分析した。そこから見えてきたのは、「奴隷貿易廃止200年」という記憶に対するイギリス国内の多様なまなざし、そこに浮かび上がってくる国内のポストコロニアル状況--特に、戦後大量移民し、ようやく自分たちの「声」をもった非白人がこの記憶の再記憶化に寄せる期待であった。さらには、「ポスト200年の記憶」について、2007年の調査地を再訪して「その後」を関係者にインタビューした。加えて、「奴隷貿易廃止とは何だったのか」を考える新しい論文や書籍をできるかぎり収集し、この歴史的出来事にどのような視点が新たに生まれているかを考えた。そのなかで、奴隷貿易廃止という200年前の出来事が、現代政治においても、自由や人権、博愛などの概念と関わる問題で引き合いに出され、重要な役割を演じていることや、現在のイギリスのナショナル・アイデンティティを根本的なところで支えていることなど、きわめて重要な論点を得ることができた。もうひとつ、2008年9月、イギリス女性史研究会主催のシンポジウムで上記の一部を成果として報告し、「歴史における謝罪」を考える意味と意義をジェンダーの視点からも披露したことを付加しておきたい。
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