本研究の学術上の目的は、近世石造物について横断的に比較し、地域的な文化圏を再構成することにある。具体的には江戸後期の南関東地方において地域的な信仰を集めた安産講である「手児奈講」とその講が造立した「手児奈講碑」を取り上げ、その普及過程を明らかにするとともに、子安講・待道講など他の安産講碑といった多様な石造物データから復元した当時の日常的交流圏の中で位置づけ、江戸後期における土着信仰の一般化の過程を明らかにすることを目的としている。研究最終年度にあたる平成23年度では、これまでにまとめた手児奈講碑についての集成とその分布圏を基に、同地域で展開する他の安産講である子安講と待道講の分布域や普及状況と比較した。その結果、子安講の第二次ピークの後の沈滞時に、待道講にやや遅れる形で手児奈講が成立したことを指摘した。さらに、こうした出現時期の遅れが、結果的に手児奈講普及に支障が出て、広範囲の普及に至らなかったことが分かった。近世石造物については、石造美術史的観点から、石造物の種類ごとに論じられることが多く、横断的に論じられることは少なかったが、こうした成果により横断的に論じることで近世における民間信仰の動態を明らかにすることができることが指摘できる。これらの点については、地域研究誌である『市史研究いちかわ』第二号に「手児奈講碑からみた東葛地域における手児奈講の展開」として掲載した。さらに、本研究の成果の一部を活用した論考を単行書『政策情報学の視座』所収の論文「新たな地域文化遺産概念の提唱_ヴァナキュラーな価値を重視した多声的な文化財の必要性一」
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