『一遍聖絵』を手がかりに、中世成立期における地域の姿を再現することで、日本における都市の成立を考えることが、本研究のテーマである。本年はその最終年次として、これまで調査した『一遍聖絵』に描かれた場所の空間構造をあらためて検討し、その結果をふまえることで、『一遍聖絵』に登場しない同時代の地域拠点も含めた中世都市成立期社会の特質について考察をすすめ、その成果の一部として、7月2・3日に帝京大学山梨文化財研究所と共催で、公開シンポジウム「聖絵を歩く 景観を読む」を開催し、大きな成果をあげた。 シンポジウムでは、鋤柄が「京都」をテーマとした主旨説明をおこなった後、最初に遊行寺宝物館の遠山元弘氏が「一遍聖絵を読み解く」として仏教美術史の視点から、五味文彦氏が「『一遍聖絵』と中世社会」として文献史研究から一遍聖絵の特徴とその時代について基調報告をおこなった。これを受けた第1部では、太宰府市の山村信栄氏と長野市の宿野隆史氏と霧島市の重久淳一氏が、一遍聖絵に描かれた筑前と善光寺と大隅正八幡の風景について、遺跡調査の成果をふまえた報告をおこない、第2部では磐田市の木村弘之氏と府中市の深澤靖幸氏と東京大学の榎原雅治氏が一遍聖絵に描かれなかった同時代の港と道と宿について報告をし、最後にこれらのまとめとして、高橋慎一朗氏の「鎌倉」を問題提起とした討論をおこなった。 これまでの当該研究では、全体を通した一遍に対する宗教的なテーマに加えて、絵画資料としては個々の場面についての個別的な意味論が代表的なものだった。これに対して今回のシンポジウムでは、一遍が訪れた場所と、訪れながら描かれなかった場所の意味に注目して、日本における都市成立期社会の動態を検討した。その結果、一遍が訪れた場所の空間的な特徴やそれらに共通する特性などについて、都市の構成員やネットワークについての新しい知見を提示することができた。よって本研究の核となる目的を達成できたと考える。
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