本研究は、東アフリカ牧畜民の集団間関係を個人間関係というミクロなレヴェルから検討するものである。当初の予定では、これまでに長期的調査が進められてきたウガンダのドドスと、その隣接集団であるケニアのトゥルカナの関係に焦点を絞ることとしていたが、本研究期間の3年度ともウガンダ北東部の政情不安によりドドスのフィールドにははいることができず、代わりにケニアのチャムスにおいて比較資料を収集した。これまでの研究において、ドドスとトゥルカナの間には家畜の略奪(レイディング)という敵対的な相互行為が頻発しているいっぽうで、双方の集団に属する個人間には家畜の贈与や交換をはじめとする友好的な相互行為がごくふつうにみられることが明らかになっていた。これに関し、本研究期間の最終年度にあたる平成22年度はケニアにおいてトゥルカナとチャムスの臨地調査を1カ月半の期間で実施する一方で、国内においても京都大学等の研究機関で東アフリカ牧畜社会の集団間関係に関する資料や情報を収集した。臨地調査では、レイディングという敵対的な行為に関する資料を収集するとともに、家畜の贈与や交換といった個人間の友好的なやりとりや、放牧地や水場へのアクセスの許容ないし黙認といった具体的な相互交渉を追う一方で、複数の人びとの家畜群を対象として、家畜の増減の実態を通時的に追った。これにより、友人関係や新姻族関係といった社会関係が民族の枠組みを越えて、人びとの生業基盤である家畜の増減に与していることが明らかになり、そうした現象が集団の形成や編成、維持にどのように関わっているのかを考究した。こうした作業を通じて民族集団対民族集団といったマクロな視点では抜け落ちてしまいがちな個別的な行為、行動によって生成する集団間関係のありようを提示することにより、敵対と友好ないし許容の二相を行き来する集団間の実態的な関係の重層性が明らかにされた。
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