中国沿海部のムスリム社会には、漢族社会、中国や他国のムスリム社会にそれぞれ見られない公共領域が存在し、イスラーム社会で考えられない宗族祠堂や宗族の神を祭る宗廟は現地への移住と定着以降作られ、内陸部の漢族社会になかった村劇場、村南音劇団、村文化センターなどは「華僑」を海外に大量に送り出した19世紀末20世紀初頭に誕生し、中国ムスリムのメッカ巡礼とアラビア留学が出来るようになった1980年代以降モスクも作られた。多様な公共空間の誕生に伴い、収穫祭、人生儀礼、祖先祭祀、族譜作成、教育理念、演劇活動、宗教信仰、生活慣習とタブー、倫理と美意識など、精神構造も再構築されている。今回の研究は、フィールド・ワークによる調査・追跡・記録・分析及び史料研究を通じて、中国沿海部のムスリム社会にある公共領域及びその形成と中国ムスリムが経験した「移動」との関係について分析し、究明を目指し、中国における多文化共生社会の形成における一つの回路を明らかにすることであった。
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