平成22年度は、引き続き台湾東部の調査地で進む経験の歴史化について、臨地調査を通して資料を収集した。当該地域は、台湾先住民アミと漢人が混住する住民構成をもち、双方が民族アイデンティティを保持しながら日常生活を営んできた。日本植民統治期は日本(人)化、戦後の国民党政権下においては中華化が進められ、人びとはそれぞれの国民国家形成のなかでその民族アイデンティティ表明の機会が公的に奪われてきた。1980年代後半から加速化した台湾社会の政治的民主化は、各民族集団がその自己認識を新たにする契機となり、その拠り所として「伝統」や「歴史」の構築が進んでいる。また、調査地においては、1990年代より中央政府主導の観光開発が行われているが、その動きは構築が進む伝統あるいは歴史を、観光資源として消費する道を生み出している。こうした点を踏まえ、最近設立した文化団体に注目、具体的には2010年11月に開館した地方博物館をめぐる活動を調査の対象とした。また、同じ地域にある先住民アミ集落で進む文化活動について調査を進めた。これらの団体は、調査地での過去の出来事が現在の社会状況のなかで、独自の歴史(あるいは伝統)として位置づけられ、特定の事象が選択され利用される際に一定の働きを示している。さらに、港町としてこれまで様々な人びとが行き交ってきた調査地において、近年台湾外から多くの出稼ぎ労働者や外国人配偶者が新たに加わってきた。この状況を踏まえた地域性を示す文化あるいは伝統について調査の対象を広げた。史料収集は、中央研究院、国家図書館および中央図書館台湾分館を利用した。 さらに、これまで収集した資料をもとに、特に日本植民統治末期に作られ戦後は打ち捨てられていた小規模神社「祠」が、地域独自の歴史事物として取り上げられ、新たに神社様の建物が建てられた二つの公園をめぐる住民の動きについてまとめ、平成22年度末に学術論文を執筆し刊行した。
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