本研究では、世帯の転出入の移動率が高い都市において、地域や場所に根ざした人と人との関わり方の可能性を住民組織の活動をとおして探ることを目的とする。地域での活動に携わる人々が、住民どうしや公営・民間所団体と交渉しながら、さまざまな葛藤のなかで組織を存続させ、独自の活動を展開するために選びとる「コミュニティ戦略」に注目している。2008年8月5日〜9月11日に、イギリス、ロンドン西部、London Borough of Hammersmith and Fulham (LBHF)において実地調査を行った。ハマースミスに1970年代に開設され、今日においても地域の住民グループ活動や文化教育活動の拠点となっているNPOの2つのコミュニティ・センター(Grove Neighbourhood Centre、Masbro Centre)と、1990年代末に結成され加入者のあいだでのEメールなどでの情報交換を頻繁に行い、近隣防犯、落書一掃、街路樹育成などの活動を展開する会員制の住民組織(BRA: Bruckenbury Resident Association)、という異なるタイプの組織を事例研究の対象とした。参与観察をとおして、1990年代以降にジェントリフィケーションが進行しより多くのミドルクラスが転入した地域において、新旧の住民のあいだに異なる経済的階層意識が存在し、同じ場所で活動する住民組織の運営、活動にも心理手的な影響を与えていることに着目した。新旧住民組織は、同様にコミュニティ意識の育成を目的に掲げているが、地域の住民たちは、特定の地域や集団への帰属意識を共有しているわけではない。本調査の成果をまとめた論文では、新しい住民組織であるBRAに焦点をあて、その活動基盤と機動力が、集団や地域への帰属意識や共同性にあるのではなく、場所をめぐる情報のネットワークと個人の選択と自主性にあり、一部の住民の活動の場としての「地域」が創出されているという側面を指摘した。こうした問題は、他の都市の地域コミュニティのあり方を考えるうえでも有意義なものである。
|