総延長1200km超の千島列島では、生存に必要な原材料を周辺地域から導入しているものが少なくない。このため生物地理学的な原則と島の立地が大きな意義を有している。先史時代の石器製作の主要な素材である黒曜石の流通に各島がどのように関わったかを、理化学的な原産地推定分析結果と社会ネットワーク分析(SNA)の観点から検討した。蛍光X線(XRF)分析の結果、カムチャツカの原石地から運ばれた黒曜石の多くの南限はチルポイ島であり、一方、北海道産の黒曜石の多くはウルップ島までであった。この海峡は原料の供給と交通の利便性とが見合った均衡点になっていた。 ネットワークの階層構造をモデル化するために3種類の中心性分析を行った。その結果は1位がシャスコタン島、2位がクナシリ島、3位がチルポイ島となった。シャスコタン島は北部と中部千島列島の境界に位置し、クナシリ島は北海道から千島列島に進出する際の玄関口にあたり、チルポイ島はブッソル海峡の横たわる南部と中部千島列島の境界に位置する。これらの立地は、原石地へのアクセスが複数存在し、狩猟採集生活の維持にとって必須となる黒曜石の安定的な供給を保障しているとともに、それらの石材を周辺の島々に再配分する際の「兵站庫」としても機能していたことを示唆する。 社会ネットワーク研究における「スモールワールド現象」のシミュレーションから、規則的なっながりのなかに一部だけランダムなつながりがあるシステムの方が、情報伝達特性や新しい機会の探索能力の点からみて格段に優れており、生存に係わる情報や資源などへのアクセスの点で有利である。千島列島内の各島と原石地との間のネットワークはこうした事情を反映し、原石地から遠ざかるにつれて関係が希薄になるのではない。むしろ、有用資源をどのように周辺地域へ流通させるのかといった島ごとの原料調達・保存・流通のあり方と密接に関連している。
|