集団安全保障の枠組で米軍が参加する場合での大統領と議会の憲法上の権限の対立を検討し、両者の協働のモデルがあることを観察した。そして、アメリカ憲法における戦争権限と対比させながら、憲法に議会の戦争権限の規定がないカナダでは、軍の出動に議会は法的にどう関与するのかを、立憲主義原理から紐解き、その構造や運用例を中心に検討した。カナダはイギリス立憲主義を継承しているから、イギリスの展開を参照しなければならない。イギリスは軍権を国王大権とする立憲的伝統を認めたうえで、議会関与の解釈や改革が志向されている。カナダは、同じ国王大権の伝統をもち、軍権=執行権専権の立憲主義が確固としてあり、憲法解釈や立法で軍の出動に議会関与を要件とする憲法議論はほとんどなされていないとの知見をえた。カナダ憲法の歴史や学説からはアメリカのような議会の戦争権限の発想は出てこない。軍の治安出動や緊急事態で議会を関与させる法制度はあるが、武力行使を含む海外派兵に議会の承認や同意を要件とする憲法的思考はない。もっとも、次の3点から全く議会が関与できないというわけではない。第1に、議会は執行権統制の伝統的ツールとして予算権限をもっており、下院の安全保障の議論と関心は、9・11意向を含むカナダのNATO・国連中心の安全保障政策において重要となっている。第2に、法的な拘束力はないが、留意決議(take note debate)は議会の審議と国民の関心を喚起するという点で無意味ではない。第3に政治統制(civil control)の法原理で、国務大臣の軍の統制が責任政治を憲法原理とするカナダの有効な軍統制になり、大臣が議会に責めを負うシステムが徹底されているといえる。カナダ立憲主義原理や戦争権限はわが国の憲法学では研究されておらず、比較憲法学的意義も認められる。
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