集中審理に対応した刑事弁護の実態を知るため、福岡市内及び全国における弁護士との共同研究会に参加し、裁判員事件の弁護体制につき情報収集及び意見交換を継続した。また、裁判所の共同研究会に参加し、捜査手続の違法や証拠能力を争う場合の公判前整理手続及び公判審理の在り方につき、情報収集及び意見交換を継続した。これらの研究会を通じて、現在、実務においては複数弁護人による共同受任や、ある程度の審理期間の設定により、困難ながらも集中審理に対応できていることが分かった。他方、公判前整理手続における証拠開示の範囲をめぐる紛争から同手続が長期化してしまう場合があることや、分かりやすい公判審理という観点からの検察側と弁護側の実力差が表れる場合があることが課題として残っていることが判明した。理論研究としては、アメリカ法における公判準備手段と日本の類似制度との比較法研究の視点から、国内にはない証言録取手続の研究を継続した。今年度は、証拠開示目的の証言録取手続を導入している州法の資料収集と分析を継続してきたが、予定以上にとりまとめに時間を要しており、研究成果としての公表は平成23年度中に行うことにする。集中審理のための弁護体制と関連する問題として、取調べの可視化による、無用な自白の任意性の争いの回避と分かりやすい立証が課題であることから、法律雑誌において「取調べの可視化と捜査構造の転換」という特集を企画し、公表した。また、「裁判員裁判をめぐる刑事訴訟法学の動向」を概説するとともに、裁判員裁判における集中審理の実現においてやはり課題となる科学的証拠の信頼性が問題となった、足利事件再審無罪判決の各判例評釈を公表した。さらに、捜査過程の違法を立証するための弁護入が行った捜査官の証人尋問請求を却下したことを違法とした判例評釈を判例データベースWeb上で公表した。これらの判例評釈を通じて、証拠能力の審査手続自体を簡略化することは許されず、証拠能力の審査のために公判において証人尋問を行う必要が生じることは避けられないことから、手続の可視化を通じた無用な紛争の予防が一層重要であることが確認できた。
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